ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではない。

ロバが旅に出たところで
馬になって帰ってくるわけではない。
西洋の諺

フランクリン・プランナー・オーガナイザーの1月4日にこの一文がありました。

調べてみると

ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではないとは、知識のない者、利口でない者が旅に出ても出発前と同じままで、本質は簡単に変わるものではないということのたとえ。

とのこと。西洋では、ロバとは「愚か者」とか「のろま」とかの代名詞だそうです(故事ことわざ辞典によると)。

ロバの本当のところはわかりませんが、人間は学ぶことができますので、たとえ今ロバだとしても、馬になって帰ってくることは可能なのかもしれません。

しかし僕は、この諺をその意味どおりにとらえるというよりは、自分自身の特徴、生まれや育ちを踏まえ、自分自身を磨き続けることが大切なんじゃないかという意味で捉えました。

超意訳です。

こうなりたいという人物を目指したとしても、その人になれるわけではない。

自分自身を知り、自分自身を全うし、自分自身を極めることが大切なのである。

うん、いい感じ。

こんな事を考えていたら、次男がおたふく風邪かも、と妻が気づきました。このあたり流石だなぁ、と思います。女性の方が変化に敏感というか。

おたふくと言えば僕が難聴になった原因である可能性が高いものですので、朝から「日本語対応できる病院に行かなくては」とハッスルしていましたが、、、

考えあらためて、今日行く予定だった鍼師のところで診てもらうことにしました。もともと、妻の従兄弟が診てもらうことになっていたので。

ついでにあなたの耳も診てもらいたいと思っているのよね、と妻に言われたので、僕も鍼を打ってみようかと、久々に。

僕がバンコクに居る間におたふくの疑いがでてきたことは、幸運だな、とふと思いました。

ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではないですからね。

いろいろな経験を積んでいきましょう。その時のために。

2 Replies to “ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではない。”

  1. ロバと小野くんのお話で思い出したのは予備校の塾長だった方のお言葉です。

    塾長「なぜ前の席が空いているのに後ろに座っているのか、前に座りなさい。」
    生徒A「後ろに座っていても東大に受かる人もいるので座る位置は関係ないと思います。」
    塾長「後ろの席に座るより前に座って学習効果が上がることはあっても下がることはありえない。自分と他人を比較するお話ではない。」

    確かこんなエピソードだったと思います。塾長が言いたかったのは、行動原理の比較対象が「自分自身」か「他人」か、ということだと思います。ロバと馬を比較してもしょうがない。そのロバはそのロバ自身で旅の前後で比較したらいい、というお話、かと。

    眠たそうな生徒には「顔洗ってこい!!」と怒鳴るほどの熱血塾長だったのですが、浪人した時に、それほど裕福ではなくて予備校代が払えないどうしたらいいか、と塾長にご相談お手紙を書いたら直接呼び出されて、(当時この予備校には奨学金制度がありませんでしたが)奨学金という形で全額無利子で貸すから一年間勉強に集中してみなさい、お金は返せるようになってからでいいから。と男前なことを言われたのを覚えてます(大学合格後、半額返金免除してもらいました)。

    1. その塾長、聞いたことあるかも。町田の塾の塾長ですか?
      高校の時、「顔洗ってこい」で話題になっていました。

      行動原理の比較対象が「自分自身」、そうそう、それ!

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