ロボット太郎の物語。

ひとりごと
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ある日、僕のクラスに転校生がやってきた。名前はロボット太郎。名前も変わっているなと思ったけど、見た目はもっと変わっている。名前の通り、彼はロボットだ。

ブリキのおもちゃと言っていいほどに無機質な彼の表情は、誰も何も読み取ることができない。ロボットだから感情もなく、そういう気持ちを表に出したり、話すこともない。彼の手は人のそれではなく、2本指のマジックハンドのようなもの。

授業中にプリントが配られる。前の人から後ろの人へとプリントがリレーされていき、ロボット太郎くんの前にもプリントが手渡された。一時は受け取ったように見えたものの、マジックハンドの手からはスルッとプリントがこぼれてしまう。

それを見た周りの席のクラスメイトはロボット太郎くんに代わってプリントを拾ってあげる。そして彼とその席の後ろの人にプリントを「はい」と渡す。なかなか、良い光景だよな、と僕は思った。クラスメイト同士で助け合うというか、そんな感じ。

しかし、そんな光景が授業のたびに繰り返されると、違和感を覚え始めた。だんだん、プリントを拾うクラスメイトたちの動きが遅くなってきたというか、笑顔が消えていったからだ。

プリントが配られる度にロボット太郎くんは落としてしまうのだから、無理は無いよな、と思った。やがて、プリントを誰も拾ってくれなくなり、ロボット太郎くんの後ろの人は、自分たちの分だけ拾うようになった。

ロボット太郎くんの場合、その可動領域の狭さから、自分で床にあるプリントを拾うことはできない。だからどんどんプリントが積もっていき、やがてロボット太郎くんはプリントに埋まってしまった。

いったいなぜこんなことになったのだろう。僕は周囲を観察してみた。ロボット太郎くんほどじゃないけど、プリントを受け取り損ねて床に落としてしまう人は、クラスにも結構いる。僕だってそうだ。

でもだからって、落としたプリントに埋まるなんてない。自分で拾えるわけだから、それはそうなのだけれど、ちゃんと周りのクラスメイトが拾ってくれるからだ。

そんな時、ふと気付いた。ロボット太郎くんと他との違いは、これじゃないかと。

そこで僕はロボット太郎くんにそっと耳打ちした。この言葉をプリントが来た時に話してごらん、と。

相変わらず表情と感情のない彼だったけれど、成績優秀でならしてきた彼にしてみれば、プリントが手に入らないというのは苦痛だったはず。勉強できないわけだから。

そしてプリントがまた配られ始めた。僕はロボット太郎くんを見つめた。ロボット太郎くんの前にいる人が振り向いて、ロボット太郎くんにプリントを渡そうとする。ロボット太郎くんは「ギギギ」と手を腕に上げ、マジックハンドの手を開いた。そして、言った。

「ア リ ガ ト」

無機質で感情のかけらもない、その言葉を聞いた時、それでもクラスメイトは一斉にロボット太郎くんのほうを振り向いた。もう一度、ロボット太郎くんは言った。

「ア リ ガ ト」

すると彼の周りに積もっていたプリントをクラスメイトたちが一斉に拾い始め、キチンと整えてロボット太郎くんの机に置いてあげた。

僕はホッとして、思わず笑顔がこぼれた。

感情のないロボット太郎くんは、だからといって喜んだわけではないけれど、人間社会でうまくやっていくコツを身につけることができたんじゃないかと思う

ありがとうで人はうれしくなる。ちゃんと、ありがとうと伝えよう。

今日のあなたは、かつてのロボット太郎くんになっていませんか?生まれ変わったロボ太になろう。

ありがとう=1ロボ太。

・・・こんな話を中学校教師の妹に言われて昨晩語ったのですが、11月の全校集会で披露するみたい。ウケるといいけど。何より、中学生がありがとうと言ってくれるといいですけどね。

どうも妹の狙いは、「ありがとうブーム」を起こすことのよう。かつては学校の先生を目指していた僕ですが、そんな妹の教育に対する情熱とか青臭さを前に、やっぱり僕には向いていないな、と思った昨晩でした。

P.S.
写真はタイの映画館にて。もちろんストームトルーパーとロボット太郎とは別モノです。。。

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コメント

  1. someone より:

    素敵な物語を読ませていただきまして有難うございます。

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