生き方を選択する。そして、委ねる。

ビート・ザ・コントロール
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神職養成講座の大きな山と言ってもいい祭式作法の実技試験が本日終了。僕はというと、役割の違いによる足の動かし方や身のこなし方の作法を真逆にしてしまい、9人一組の班においてはもっともアヤシイ試験結果になりそうな予感。

面白いもので、役割担当はくじ引きで決定。宮司や祓主、大麻所役などを9人で割り振り、祭式一連の流れを行うという試験だったのですが、もうコレだよねという割り振りに。神さまはよく見ているな〜とはいいますが、僕が何をやっていなかったかもよくご存知で。ほとんど唯一と言っていいくらい何も作法をやっていなかった役どころが当たりました。随員、という役です。

献幣使という役どころに対し、献幣使祭詞や玉串を献幣使などに渡すのが随員。要は、献幣使が祭祀に供えるものを、代わりに取ってくる係みたいなもの。結構、動く係なんですよね。ちょこまかと。たぶん、今日一番動いたかもしれない。

祭式の練習でやったことのある役割になった人もいれば、そうでない人もいる。コレ、面白いですよね。どちらがどうというわけではないですが。僕はこのくじびきのメッセージを、「ちゃんとやりなさいよ」というふうに受け止めましたが、他の人はどうだろう。

難聴ということもあるのか、役どころの名称を知ったのが昨日だったという状態でしたので、すべての役どころを覚えるのは、僕には難しいかもな、と思っていました。だから、基礎作法だけはしっかりやろうと。止める、開く、とかですね。

しかし動きが違うことを先生に指摘されると頭が白っぽくなりました。真っ白ってやつです。普段ならできることができなくなるものなんですね。冒頭に書いたとおり、真逆の作法を行ってしまいました。基礎作法もつまり、真逆。やれやれ。

試験結果は、どうかな〜と思いますが・・・今日の一番伝えたい話は試験そのものではありません。

試験中、緊張感ゆえか体調不良か班の子が一人倒れかけていました(たぶん貧血・・・脱水症状かな)。コレはきっと、僕がおかしな作法をしているから変に緊張させてしまったに違いない、と思い

「僕がエライ指摘されているから緊張させてしまったんだと思います。ゴメンナサイ〜」

という感じで声をかけたところ、それを先生が聞いていたんですね、たぶん。その後水分をとってやや回復し、試験そのものは無事に終了。いつもより1時間遅い夕拝を行い、いつもどおり一番最後に着替えと片付けが終わって帰ろうとしたところ、祭式教室の玄関口に先生たちが。

僕を見るなり、ユニークなんですよ、なんて言う。アレ、僕の話題だったのかな、と。そんな話題になること、していないはずだけどな〜なんて思っていると、「ジョークで笑わせてなんたらかんたら」みたいな言葉が聞こえたので、ああ、さっきの試験の話か、と。聞いていたわけです。僕が彼女に投げかけた言葉を。

僕はこの言葉をジョークとは考えていなかったですし、むしろお詫びの言葉だったと思います。しかし先生はそれを好意的なジョークだと受け止めている。ああ、おもしろいな、コレ、って思いました。

その先生が話す雰囲気があまりにも温かかったので、実は何を話しているのかを聴き取れてはいなかったのですが、たぶん魂が共鳴するような話なんだろうと、なんかジーンとしちゃって帰り道でウルウル。

ビート・ザ・コントロールして、そして周りの人たちに生かされている、って思えました。生き方を委ねているとも言える。両者は真逆のようで同じものなのかもしれないな、と。「聴こえなくてもいい」と考えてニコニコしていたら、周りが作法のやり方をエライ助けてくれましたから。

僕らは話す内容や行動を選択することはできる。しかしそれがどう受け止められるかというのは、相手に委ねるものなんだな、と。僕らはそれを完全には、コントロールすることができない。だったら、コレは手放してしまおう。我のない領域。ビート・ザ・コントロールするということは、こういうこと。

しかし、物事には順序があります。コレをすっ飛ばすことは、たぶんできない。

License to beat.

ビート・ザ・コントロールの次のステージを、今度お話しします。

P.S.
このネーミングは・・・やはり木坂さんの影響なのだろうか・・・。Be yourselfも、島田さんによると被るみたいだったし。

コメント

  1. slowman より:

    この話は、島田さんのブログを
    読んでいる人たちには
    理解を得られるだろうなと思った次第です。

    書かれている内容が本当に
    隙間を埋めてくださるような印象があって

    この洞察力は本当に秀逸だと感じます。

    自分がわかる人間とは言う気はありませんが
    こういう不安定な行間を埋めてくたさるのは
    小野さんしかいらっしゃらないだろうと思います。
    ありがとうございます。

    • ono takamasa より:

      slowmanさん、ありがとうございます。

      秀逸かどうかはわからないのですが、
      僕は脳にある言葉を外に出したいという欲求があるみたいで、
      それは記憶の限り6歳あたりの時からそうなのです。

      どもりがちな理由も、ここにあるんじゃないのって
      小学校3年時の先生が言ってくれたんですけど、
      ああ、そうかもしれないな、って。

      「こんな感じ」という脳内の感覚を言語化できれば、
      ビーコンを再現可能にできるというか、そんなふうに考えているのです。

      こちらこそ、感想くださり、ありがとうございます!

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