師はひとり(同時にふたりはいらない)。

ビート・ザ・コントロール
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先ほど、蒲田に帰ってきました。

木坂さんの歴史・地政学クラスに参加する前、スーツケースを持っていくのはどうかと思い、蒲田によってから両国へ。

蒲田で2泊し、10月2日からは上海経由でバンコクに戻ります。

昨日書いた記事に関して、補足というか僕が「セールスライティングスキル」はいいですよとは言っても、「セールスライター」っていいですよとは言わない理由を書こうと考えていたのですが、

時間が時間ですし、これからプロジェクト用のライティングと明日のセールスライティングクラス用の準備をするので、

今日はふと気付いたことを書きます。

先ほどまで、ワイルドサイドの島田さんたちと一緒にいたのですが、帰りに島田さんと電車に乗りながら、マスタープランに関することとか、そういう話をしました。

以前にも僕はブログで書いたのですが、いつの間にかマスタープランに書かれていたことが達成しているという感じでして、あまりにも自然にそうなっているがゆえに達成感というものを感じたことはありません。

感じたことがないというと誤解がありそうなのですが、常に穏やかな心境というかラクな気分でいられるので、「やった!」と拳を握りしめるような達成感はないですけれども、じんわりと胸の真ん中あたりが暖かくなる、そんな気持ちで在り続ける感じです。

なんでこんなふうになっているのか。

個人的には毎日のビジュアライズや写経、腹筋やブログ更新のおかげかと考えていますが、

同時にこれ無しにこうはならなかっただろうな、と考えているのは、

道標となる人の存在です。

メンターと表現する人もいるでしょうし、師と表現する人もいるでしょう。まぁ、そんな人の存在です。

僕はこの2年間、この道標となる人との時間を増やすように、行動を選んできました。

賢者舎に入ったのもそうですし、木坂さんのセミナーに参加しているのもそういう理由です。

そこに、自分の主観的な考えをいれない。もっというと、それが得か損かは考えない。

何が得られるとか、どの程度稼げるようになるとか、どれほどの時間をショートカットできるかとか、こういうことを考えませんし、脳の中においておくことさえしません。

そうではなくて、「この人がそう言うのだから」という根拠で判断する。

これを、ずっとやり続けてきました。

しかし人によっては、「この人」と決めたにも関わらず、別の人に目を向けてしまったり、3人目4人目の道標へと同時に向かってしまうこともあるでしょう。

僕の周りには正直なところ、複数の道標となる人がいてうまくいっているなぁ、という人はいません。

これは僕がそういう人たちと一緒にいることを選択していないので、当たり前といえば当たり前なのですが。

賢者舎の今井先生や木坂さんのように、その人自身が学んでいる人であれば、同じ言語観というか世界観を共有できるのでいいように作用する。

一方で、例えばセールスライティングが大切ですよ、と言っている人に学びつつ、セールスライティングよりもマーケティングですよ、と言っている人にも学ぶのは、うまくいかない。

私見たっぷりですけどね。

ふたり以上の道標、メンターのような人がいると集中力が分散されてしまい疲弊してしまう、そんなケースが見受けられます。

同時期に師はふたりいらないというか、ひとりに絞るべきだと僕は考えています。

でないと、スキルにフォーカスもできませんから。

セールスライティングスキルを得ようとしている人が、セールスレターを仕事として書いたこともないのに、プロモーションやプロデュース、マーケティングやコンサルティングといったスキルに走ってもうまくいかないように、

師の教えも、複数を同時に行うことは難しいもの。

この人いいなぁ、という人についていった結果、1年経てば望む世界に住んでいるもの。

もしそうなっていないのであれば、ついていく人を間違えているか、

そもそも、その人を信じていないんじゃないかな、と思います。

今日の写真は、ある意味象徴なので、個人的記録として残しておきます。

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