「どちらのほうが、ラインがスマートに見えますか?」
ミラノのサルトである河合さんが仮縫いのジャケットに手を加え、左右で異なる肩から腰にかけてのラインをつくりだしてくれます。
僕の目から見ても左側のほうがスマート・・・引き締まってシャープな雰囲気に感じられたのでそれを伝えると、
「そうなんです。ウエストは絞っていないのですが」
ときた。
「肩からのラインを変えることで、ウエストのラインが引き締まります。しかし、ウエストを絞っていないので、この通りゆとりは十分にあります」
ジャケットの前ボタンの位置に指を二本ほど入れ、ゆとりを確認させてくれました。
鏡に映る見た目はシャープな印象なのに、着心地は穏やかな感じ。これは、いわゆるパターンオーダーとかイージーオーダーではできませんね、と聞くと、
「できませんね」
と即答。
僕が思うに、フルオーダーと他のオーダーとの違いは生地選びの幅ももちろんながら、仕立てにこそ現れると感じるようになりました。どんなに生地が主張していても、それを仕立てる人次第では普通の生地にもなるし、逆に見た目以上の雰囲気を醸し出すこともある。生地と依頼者とのコミュニケーションを取り持つのが、仕立て人の仕事であり、経験であり、哲学。
セールスコピーにおいて、商品やサービスのベネフィットはペルソナで決まりますが、フルオーダーのベネフィットは、仕立て人と生地という商品やサービスと依頼者を掛け合わせることで決まります。そんなことを感じさせる時間でした。
仮縫いされたジャケットの確認が終わり、テーブルに置かれたジャケットを写真で撮っておこうと2枚程度撮影すると、河合さんが再びジャケットを手に取り宙に浮かしてくれました。
平面ではなく立体で現れたジャケットのラインに僕が思わず発した言葉は、「生きているみたいですね」。
今にもそのジャケットが動き出しそうな、そんな雰囲気でした。
僕の身体、僕の動きに合わせて仕立てられたそのジャケットは、それ自体に意志があるような様子を呈していて、確かにフィットするようにつくられているのであれば、動き出そうとしているように見えるのは当然かもしれません。
「人によっては胸の位置が前にいくこともあれば、腰の位置が前にいくこともある。ジャケットを着た時のラインが美しく見えるためには、身体のつくりに合わせて手を入れていかなければなりません」
実際、身体のバランスや動きのクセまで見た上で仕上げますから、まさに唯一無二のジャケットが出来上がる、ということです。
自分のことはなかなか自分ではわからないものですが、僕はふとフルオーダーのジャケットやスーツをつくってみると、自分のことがわかるようになるのではないか、と思いました。
ジャケットを通じて身体から、自分のルーツを感じたというか、そんな感じかな。
フィッティングの前に、主義主張の話、生き様の話をしていましたが、そういうその人の内面も仕立てに反映される。そんなふうに感じます。
自分を客観視する、また自分のルーツをたどるなら、1年間かけてフルオーダーをサルトとともにつくっていく、というのもオススメしたいところです。
共同作品にはきっと、生き様が出ますから。
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