スワイプファイルという快楽。オリジナルという苦悩。

コピーライティング
この記事は約6分で読めます。

例えば僕の日課でいうと、「写経」というものがあります。セールスコピー、セールスライティングを学ばれている人ならば一度は聞いたことある「写経」。これは、売れた実績のあるセールスレターを手書きで書き写す、というもの。

人それぞれなので僕の主観で話をしますが、手書きで書き写すことによって、脳にその論理展開や語彙がインプットされやすくなる。だからこそ手書きがいいと自分自身で決めつけ、2014年の7月か8月以来、この写経を日課として毎日やり続けています。

写経についてはいろいろと話ができるので、もっと写経論を書きたいところですが、今日はタイトル通りスワイプファイルについてがメイン。

写経が大事とは言っても、売れたか売れていないかわからないスワイプファイルを写経するというのは、写経そのものが目的になっているようなものであり、レジを鳴らすセールスコピーを書くという本来の目的から離れている。つまり、論外なのですが(売れない型が身についてしまうから、と言われていますね)、じゃあ売れたスワイプファイルを写経するだけで売れるセールスコピーが書けるかというと、そうではないと考えています。

インプットとあわせてやるべきはアウトプットであり、いくら手書きでインプットしたってアウトプットしていなければ、その効果を実感することはないでしょう。学校のテストだって、「テストというアウトプット」があるから「テスト勉強というインプット」がある。インプットとアウトプットは車の両輪ということ。

では、売れたセールスレターをスワイプファイルとして手書きで写経した。それを実戦で使ってみた、つまりセールスレターを書いてみた。インプットとアウトプットを行った。これでそのセールスレターがレジを鳴らしたかというと、必ずしもそうではない。

実際、「スワイプファイルを真似したのに、売れるセールスレターにならなかった」なんて話は普通ですし、僕も「あなたは採用面接でこんな間違いしていませんか」のスワイプファイルを使ったのに売れなかったことなんて普通にあります。

これにもいろんな考え方があって、中でも根拠があるよねと思う考え方は、マイケル・マスターソンが“Great Leads”の中で述べている、「見込み客の気付きレベル」の話。これを僕は寺本さんから聞いたとき、なるほどな〜と思いました。

まぁ、スワイプファイルを使うという前提ならば、個人的にはヘッドラインだけとかオープニングだけとかでスワイプファイルを中途半端に使うよりかは、全部まるまる使ったほうがいいと考えています。なぜなら、論理展開を真似できることこそがスワイプファイルを使った方がいい一つの理由だからです。早く書けますからね。

しかし、論理展開が秀逸だって、レジが鳴らないセールスレターなんてたくさんある。じゃあ、どうするんだよ。テンプレートのようにセールスレターを書くなんてできない、簡単に書けないじゃないか・・・って思う人もいるでしょう。

「スワイプファイルを使えばカンタンに書ける」は半分ウソで半分本当、というのが僕の現時点での立ち位置。実際、ダイレクト出版さんのアプレンティスの課題や依頼された案件で、ビート・ザ・コントロールしてレジを鳴らしたのは事実ですから。1つや2つではなく、10案件以上は鳴らしています。これらはスワイプファイルを使って、です。一方、スワイプファイルを使っても1つも売れなかったものも他から依頼された案件であります。

スワイプファイルをまるまる使ったって、スワイプファイルを中途半端に使ったって、レジは鳴る時は鳴るし、鳴らない時はならない。

それはなぜか?

レジが鳴る時というのは大体において

*読み手の悩みをついている
*読み手が教育されている
*読み手が書き手に対して好意的になっている

こういう状況になっていたりします。例えばですが、スワイプファイルっていいですよ、コレあるとカンタンにセールスレターが書けますよ、実際私たちもスワイプファイルを使っていますよ、日本の売れっ子セールスライターさんはスワイプの必要性を説いていますよ、世界のセールスライティングの権威もスワイプは大事だと言っていますよ、と伝える講師や会社というのは、

「スワイプファイルはセールスレターに必須」

と読み手を教育していると言えるわけです。読み手はそれを良しとするならそれを信じる。すなわち、その講師や会社に好意的になる。だから、スワイプファイルを使ったセールスレターのほうが「売り込まれているとわかっているんだけれども、いいものだ」となるんじゃないかな、と。

思うに、セールスレターを見る前の状況で売れるかどうかは決まっている。スワイプファイルを使おうが使うまいが、どんな状況でどんな背景を持った人のどんな悩みを解決するのかにより、またその人たちとの関係性により、売れるかどうかは決まっているんだと僕は思います。

スワイプファイルを使ってセールスレターを書けるならカンタンだ。しかし売れないならスワイプファイルを使っても意味がないよね。でも・・・スワイプファイルを使わないでセールスレター書くのって大変そうだ・・・。

オリジナルを書くという苦悩がココで登場します。ある意味、スワイプファイルを利用するというのはラクなんですよね。勉強した気になるし、セールスレターを書いた気にもなる。何かのせいにできますし、これは快楽なんじゃないかと。しかし一時の快楽は長くは続きませんから、ちゃんとレジを鳴らすセールスレターを書けるようになる必要がある。

それで、オリジナルという苦悩。

コア・バリューの発見にしても在り方を書き出すにしても、自分と向き合うってことはとてもキツかったりします。口ではオリジナルになりたい、オリジナルを生み出したい、オリジナルじゃないと価値が無いと言っておきながら、その言葉でさえも他の人が言っているもので、オリジナルじゃないよね、と。オリジナルのほうがいい。コレは皆言うじゃないですか。誰もコピーやイミテーションのほうがオリジナルよりいいなんて言わない。多くはオリジナルが大事、オリジナルこそがいいんだなんて言う。

でも、それがオリジナルじゃないなんて誰も思わない。コピーですよね、この言葉さえも。

考えるに、人はラクをしたい生き物なんだと。だから主張をせず、人と同じことを言う。世の中で良しとされているものを鵜呑みにしてしまう。

セールスコピーでも人生でも、オリジナルにならなければならないと気づくのは、苦悩なんだなと。誰もがオリジナルでありたいと思う。けれどオリジナルになるのは自分と向き合うことと一対だし、そんなメンドクサイことはしたくない。だから世の中に同調する。セールスレターにスワイプだよと言われたら「そうだ」という。なぜスワイプファイルを使うべきなのかを考えない。オリジナルを見ようとしない。

オリジナルという苦悩。

セールスコピーに限らず、コア・バリューや在り方の発見をしなければという状況に直面したとき思い悩むのは、コレこそ避けて通れないハードルだと知っているからだと思うんですよね。

僕と出会ってから、自分と向き合って考えざるを得なくなったんです、のような話を頂いたことがありました。なぜ考えるかというと、「自分とは何だ」という問いをコア・バリューや在り方という話を通じて僕がするからなのだと思います。

一朝一夕に答えが出るようなものではないけれど、永遠に答えが出ないものでもない。厳密には、コレはロマンを求めるような話であり、ステージが変わるごとに変化するものでもあると思います。明確な答えなどない。

清濁併せ呑んで、ステージを上げていきましょう。

セールスライティングスタートアップガイドの無料入手はココから↓




コメント

タイトルとURLをコピーしました