見た目と言葉のギャップ。

コピーを書くときに気をつけていることのひとつに、見た目と言葉の一致、というものがあります。

メルマガを読んでいて時折、なんか違和感を感じるな、って時があるんですけれど、それを分析してみると、見た目と言葉が一致していない、ということがあります。 “見た目と言葉のギャップ。” の続きを読む

タグラインを書こう(商品づくりのトレーニング)。

このお店にタグラインをつけるとしたら、どんな言葉がいいだろう?

こんな自問自答が、昨晩からアタマのなかではじまっています。

このお店の代名詞的存在である料理は出ず、そこにもっと食べたい感は残ったものの、11品のアタマからオシリまですべて白トリュフと書かれたメニュー、そして箱から取り出された瞬間、スライサーでふんわりとスライスされていく瞬間の香り、さらに、口に入れて鼻腔を通る芳醇な香りにはうっとりしてしまいまして、官能的な香りで媚薬とも例えられる、という言葉に頷いた次第です。 “タグラインを書こう(商品づくりのトレーニング)。” の続きを読む

ネーミング。

プロジェクトのコンセプト設計、誰に何を約束するか、をしていると、そのプロジェクトに名前をつける段階がやってきます。ネーミングですね。

このネーミング、僕はとても大切なものだと思っておりまして、なぜならプロジェクトを運営する上で、一番目につく存在だからです。 “ネーミング。” の続きを読む

もっとわかりやすく、もっと美しく、そしてもっとうまくできないだろうか?

昨晩のhttps化、常時SSL化というんですかね、それを終えたあとはコンセプトワークというか商品企画というか、それを書き出していたところ、睡魔が。。。

いやいや、睡魔が来たとはいってもプロジェクトパートナーに送らなければならないのだから、書いて送ってしまえ!、、、まあいわゆるエイヤですね、そんな気分になりかけていたところ、、、 “もっとわかりやすく、もっと美しく、そしてもっとうまくできないだろうか?” の続きを読む

カンタンかどうかを判断するのは誰?

一昨日、母がソフトバンクショップに連れて行ってと言うので、予約して行ってきました。目的は初めてのスマホです。

いわゆるガラケーで電話とSMS、たまに写真を撮ったりしていたのですが、妹も結婚して家を出たことだし、タイに住む僕の息子たちともテレビ電話ができればな、ということで “カンタンかどうかを判断するのは誰?” の続きを読む

頑固なのか?キチンとしているのか?

次男を送迎したときのこと。

幼稚園に着くと決まって先生が車のドアを開けてくれ、次男はカバンをよいしょと持って外に出て、先生に促されてくるっとこちらに回転し、ニコっと笑ってワイをします。ワイとは簡単に言うと、手のひらを合わせてお辞儀をするタイの “頑固なのか?キチンとしているのか?” の続きを読む

知った気にならず、確認することの大切さ。

仕事でも普段の生活の中ででも、会話が噛み合っていないんじゃないか、という場面は見かけるものですが、ソレが自分自身のことだったりすると、気づかないことってあります。

言葉の定義が共有できていない、もしくは共有されているだろうという “知った気にならず、確認することの大切さ。” の続きを読む

可能性を開けておく(抽象度のコントロール)。

神戸の雰囲気が思いのほか気に入りまして、その理由はなんだと考えた時、目の前には海があり、背後には山々が連なる、というのがそうなのかな、とふと思いました。

古さと新しさが混ざりあうというか、そういう感じもまたいいなぁ、と。

今日は先程までクレイジーパパの集いがありまして、その後はスーパーコンピューター京の見学に。

キラキラと淡々と担当者さんに質問を繰り出す伊藤カンちゃんが頼もしいと感じたひとときでした。

現在、ホテルに戻ってきまして、これを書いています。

さて、昨日話した抽象度のコントロール。

これってコピーを書くときとかには割と聞く言葉かもしれませんし、一方ではじめて聞いたという方もいるかと思いますが、

ここでは抽象度って何、ということには触れず、コミュニケーションをするためには抽象度のコントロールが役に立ちそうです、という話をしようと思います。

僕は抽象度のコントロールをする利点というのは、他者や自分とのコミュニケーションを円滑にすることにもあると考えています。

コミュニケーションを円滑にするの反対は、コミュニケーションが円滑ではない、すなわち、意思疎通ができていない状態を指すと思います。

どんな時に意思疎通ができていないと感じるかというと、たとえば、「これは僕の価値観に合わないから結構です」などと言われた場合。

相対主義になっている場合ですね。僕は僕、あなたはあなた。お互いに干渉なし、みたいな。

わかりやすい例があればいいな、と思うのですが、たとえば「フルオーダーのスーツを購入すること」に対して、「それは僕の価値観に合わないから結構です」と言われたとします。

オーダースーツに対して抱いているイメージが、高価とか完成まで時間がかかるとか、そういうものだとその人が考えており、服装にそこまでお金も時間もかけたくないと考えているならば、確かに「価値観に合わない」かもしれません。

しかし、この人が例えば、「持ち物は長く使えるものを好む」ような性質、コストパフォーマンスに価値があると考えているのだとしたら、

むしろフルオーダーのスーツを購入することに興味をもつかもしれません。メンテナンスをし続ければ、10年でも20年でも着ることができると聞きますし、そう考えればそれほど高いわけではない(私見です)。

価値観というのは抽象度を変えることにより変化する側面もあると考えておりまして、

服装にお金も時間もかけない、というところだけ着目してしまうと高価であるだけでフルオーダーのスーツを購入することは「価値観に合わない」となるわけですが、

コストパフォーマンス重視、というところに気づくことができれば、メンテナンスすれば長持ちすることを考慮すると、むしろフルオーダーのスーツっていいんじゃない、となる。

つまり、ある抽象度、視点からするとフルオーダーなんてもってのほか、であるのだけれども、ある抽象度、視点からするとフルオーダーってお得だよね、となるわけです。

うーん、たとえとしてこれがいいかどうかはわからないのですが・・・ちょっと眠くなってきたので、このへんで。

明日は、大阪から更新しますね。

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