タイ語だと思ったら、サンスクリット語かパーリ語だったっぽいタイのお経。

ひとりごと
この記事は約2分で読めます。

語学をマスターすることを諦めました、と書いたのは昨日のブログですが、舌の根も乾かぬうちに言語が登場してしまいました。

その理由はタイで親しんでいるタムブンにありまして、お寺に行って寄付をしたり托鉢をしたり、放生会をしたりしていると、自ずとお坊さんによる経典の読経、もしくは諷経(ふうぎん、と読むそうです。意味は多くのお坊さんによる声を揃えた読経とのこと)にめぐりあいます。

妻や子どもたちと一緒にお坊さんのところに行った際は、お坊さんのあとに続いて何やら発音すべき箇所があり、どうしても僕が発音しなければならないときは妻から指示されてそれっぽく発音していました。

さすがに10年以上、タイのお寺と経典には慣れ親しんできましたので、お経を耳にすると「あ、なんかタイの読経っぽいな」と僕の耳でも反応することがあります。

それでちょっとビックリしたことがありました。

密教についで談義しているとき、孔雀明王的な印の話とマントラの話になりました。印やマントラがどういうものかはさておき、そのマントラを聞く機会がありました。聞くと、サンスクリット語の読経だと。

どうにも耳心地のいい音なのですが、これどこかで聞いたことあるな、、、と思ったら、タイ語に近いんじゃないかと思ったんですね。

なるほど、密教のマントラはタイ語に近いのかと、ちょっとした驚きとともに、徳を積むにはいい環境というのは、まさにだな、と思ったんですね。

なぜなら妻やお義母さん、親族からもそのタイ語をいつも浴びているからです。日常会話ではなく、日常的に読経の機会があるので。

国際結婚、あるあるですね(たぶん)。

しかし、サンスクリット語による密教のマントラを聞いているうちに、コレ、タイのお坊さんと同じ読経なんじゃないか、とも思ったんですね。

そこで、タイの経典が何語なのかを調べてみると、、、どうやらサンスクリット語かパーリ語のようだと。

なるほど、つまりタイの人々はサンスクリット語かパーリ語で経典を覚えるのか、と思わず膝を打ちました。

妻に教わりながら長男も次男も手を合わせてお経を唱える機会があるのですが、あれってタイ語じゃなくてサンスクリット語だったのか。。。

そういえば、バンコクの空港である「スワンナプーム国際空港」のスワンナプームは、サンスクリット語由来です。

タイ語の特徴として外来語の語彙が非常に多いんですけどね、、、サンスクリット語で「黄金の地」だったかな、そういう意味があるのだそう。

グレートジャーニーきっかけで、ルーツ探求がもはやライフワーク化しています。。。

コメント

タイトルとURLをコピーしました