自分を知るなら両極を見る。自分掘り下げも自分客観視も両方大事。

コア・バリュー
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お楽しみ様です。小野貴正です。

今日からビーコンコーチングやタレント化プログラムの対面セッション週間です。今日は東京で、明日は奈良。明後日の夜は大阪ミナミでその次は大阪キタで2日間。そして25日に新宿。中でも急遽予定に入れた大阪ミナミではナイトコーチングとでも呼ぶべきセッションになり、サウナで行う予定。コレは新しい試みなので、楽しみです。

もちろんどのセッションにおいても、参加されるメンバーの置かれた立ち位置、そして向かおうとしている方向性は異なるので、いろいろなビート・ザ・コントロールをお手伝いできるという意味ではとても楽しみですし、半年間で何らかの成果を出したいと考えています。

現在の時刻は21時に過ぎ。あと1時間ほどで奈良行きの深夜バスが発車するのでそれまでにブログを更新しておこうとスターバックスの日本橋口店にて、電源を借りつつライティングしています。

やはりというか、そうだよな、と思うことが先ほどまでやっていた東京セッションであったので、今日はそれを共有したいと思います。

多くの場合、まず人は目標やゴールを設定しようとしますが、往々にしてそれだと設定できないこともあるのでは、と考えています。なぜなら、現在地点がわからないから。逆も然りで、現在地点がわかっていたも、どう在るべきかを知らないならば、どこに行くこともできない。

地図を想像するといいと思いますが、「北海道に行きたい」と思って北海道を地図で探しても、そこへの行き方を知るためには現在どこにいるのかを知る必要があります。現在どこにいるのかわかっているならば、どこに行くのかを決める必要があります(もしくはどんなふうに生きたいのかを知る必要があります)。

物理的な意味での「どこにいるのか」はまだわかりやすいと思います。しかし、どう生きたいのかになってくるとコレがなかなか難しい。人の生き方を見て「これはいいな」と思っても、生まれも育ちも違うわけですし、その人本人になれるわけではないですから、あくまでも参考にしかならない。

自分の行動や言動から、それらを見出す必要があるのではないかな、と思うわけです。答えは自分の中にある。だからこそ、自分を俯瞰したり、掘り下げたり、そしてボーっとしたりすることで、自分の中から現在地点も在るべき姿も言葉を見出す。なぜ?と問いかけて掘り下げるだけではなく、自分を自分というワクの外から眺めて見る客観性も必要です。

自分というワクの中に閉じこもってじっと下を見つめていても、社会のなかでどんな立ち位置なのかは見えてきませんから。俯瞰や鳥瞰という客観視と自分の掘り下げ、両方必要なんだと思います。

現在、「自分史書き出し」というワークや「付き合いたい人・付き合いたくない人書き出し」というワークをやっているのは、客観視と掘り下げのためです。

コレを使って第三者と話をすると、客観的な視点が手に入るとともに「なぜ」と問いかけてもらうことができる。この問いかけに対して考えることで、より自分の立ち位置や在るべき姿がわかってくる。

掘り下げと客観視というのはある意味真逆、すなわち「両極」と捉えることもできますが、コピーにおいても両極を考えてみるといいコピーが出てきたりします。

両極を見る。コレはワイズマンも高城さんも言っていますが、原理原則的なことなのかもしれませんね。

P.S.
写真は弥山登山後に参拝した厳島神社にて。22日は大神神社と三輪山に参拝してきます。

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