7月1日の朝は稚内で迎えました。
昨日6月30日までに一つの時代が終わり、今日から新しい時代がやって来た、というような満足感に包まれております。
まあ言い方を変えると、ひとりごちているのかもしれません。しかし、自分に酔っていると言われようとも、心は穏やかでいい気分です。
この件については、また。
昨日はグレートジャーニーの北方ルート編ということで、札幌から富良野へ行き、その後は北上して稚内へ。
天候が晴れから曇り、そして雨へと変化し、気温も30度から15度前後まで変化していたように覚えています。
ラベンダーの紫が心を落ち着かせて豊かな気持ちにしてくれた富良野と、ノシャップ岬の寒々しい海と重くグレーの雲がもう帰りたいという気持ちにさせてくれた稚内。
ただ単に寒い、ということもありましたが、人の賑わいも両街の間には明らかな違いがあったように思います。
稚内だけを知っていたのであればその地にとどまって、その地のいいところを探して住み着くのかなぁ、と思った一方で、しかし僕は富良野の暖かさと穏やかさ、ラベンダーの紫を知ってしまったので、稚内好きには恐縮なのだけれども、富良野に行くのだと思います。
ただし、温泉に入ってみると評価は逆転するわけでして、富良野に温泉があるのか、またどういう温泉なのかにもよりますが、稚内で入った温泉は120万年前から80万年前の海洋水が含まれているという事前情報もありまして、温泉なら稚内だな、となります。
それに夕食で食べたタコの刺身がエラいプリプリで歯ごたえは心地よく、のどごしもいい。
普段住むなら富良野だけれども、1週間に一度は稚内で過ごしてもいいんじゃないか、とも思うわけです。
2万年前には北海道にやってきたとされる祖先たちは、気候的に最も寒い時代が終わると、再びシベリアへと戻った人たちもいると言われています。
単純に南の方が温暖だとすると、再びシベリアという寒冷な大地へと移動するのは、いったいなぜ、と僕は思ったんですね。
でもそこにはたぶん、稚内で経験したような温泉があり、タコ刺しがあったんじゃないか、と感じたんです。
祖先たち、とひとくくりにして考えがちではありましたが、僕たち同様に、祖先たち一人ひとりにも個性があるんですよね。だから、富良野が好きな人もいれば、稚内が好きな人もいる。もちろん、シベリアのほうがいいとして戻った人たちも。
アラスカを経由して南米へと行った人たちもそうですが、そこにはきっとその人が好むなにかがあったのかもしれない。
そんなことを感じた、稚内体験でした。
今日は、札幌。そして東京へ。
今が旬らしいキタムラサキウニを味わいに、留萌へとまずは行ってきます。
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