元々持っている価値観に固執する必要はない(理想の価値観こそ大事)

コア・バリュー
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こんにちは。小野です。

もしあなたが・・・

□いつも目標が口だけで終わってしまう・・・
□何をやってもなかなかうまくいくことがない・・・
□ホントはこうすればいいとわかっているのに、逆の選択をしてしまう・・・

・・・に思い当たるならば、今日の記事はあなたにとって参考になるかもしれません。僕の体験談を、少しお話します。

『7つの習慣』で「あなたが一番大事なことを一番大事にする」という言葉が確かあったと思いますが、コレはまさに言い得て妙だと僕は考えていて

なぜなら、多くの目標達成をできない人というのはコレができていないからじゃないか、と思うからです。

ではなぜ、多くの人が「一番大事なことを一番大事にする」ことができないのか?

必ずしもそうだとはいえないかもしれませんが、もしかしたらそれは

「元々持っている価値観に固執しているから」

ではないかと思っています。

僕自身がそうだったのですが、元々持っている価値観は尊いものというか不可侵のものというか、「自分とはこういうもの」という元来持って生まれた神聖なもののように感じていました。

コレがうまい方向に働けばいいのですが、たとえば「人の気持ちを常に最優先する」という価値観を持っている場合、自分のことをいつも後回しにしてしまう理由になったりします。

コレが実は僕の場合、目標達成できない「都合のいい理由」になってしまったりします。「誰々のために時間を使ってしまったから自分の目標を達成できなくても仕方がないか」とか

「生徒会長になりたかったけど、誰々が譲ってというからオレは副会長でいいか」とか(コレは中学生の時の実話です)。

元々持っている価値観の力は強烈で、それはなぜなら、主に親から譲り受けたものだからです。

環境が人を育てるという言葉の通り、僕らは多くの時間を親と過ごす環境により育っていきます。そこで身につく価値観は、まさに親が持っている価値観そのものであったりするわけです。

だから意識しようとしまいと、その影響から僕らはなかなか逃げることができない。そして、その価値観は親から譲り受けたものだからと神聖なものだと考えてしまう。

少なくとも、僕はそうだったんですね。

しかし、これまでの人生を振り返った時に自分の望み通りの結果が得られていないと思ったので、

それはこれまでの思考や判断や行動を生み出していた何らかの価値観を疑ってみるべきだろうな、と気付いたわけです(なぜ気付けたかというと、ダン・ケネディに出会ったおかげで、セールスライティングとかダイレクト・マーケティング、潜在意識の力について学び始めたからです)。

それで、「人の気持ちを常に最優先する(裏返すと、そのためには自分の目標を達成できなくても仕方がない)」という価値観。

コレは「自分にとって一番大事なことを一番大事にする」の原則からすると良くないな、と思ったので、あることをやめました。自分にとって一番大事なこと・・・マスタープランの実現のためにです。

そのあることはいろいろあるのですが(たぶん)、わかりやすいのはFacebookのフォローをやめて、ニュースフィードへの投稿もやめたことです。

僕は「こうすれば人はうれしいだろう」と考え、2012年から2013年にかけては、Facebook上で繋がっているすべての「友達」に誕生日おめでとうの投稿をニュースフィードに行っていました(何かの間違いで友達申請をされた方など、一部の人は除きます)。

しかしコレをやるとなんか苦しいんですよね。スゴく息苦しかった。息苦しさを感じさせる最たるものは、「投稿したのだからお返しのメッセージもくれるだろう」と期待してしまう自分がいることに、です。でも全員からはこない。で、「なんでだろう・・・」となる。

利他の気持ちで「おめでとう」と言えればいいのですが、僕は見返りを求めていたわけです。「人の気持ちを常に最優先する」という価値観で動いておきながら、しかも「そのためには自分の目標を達成できなくても仕方がない」と考えていて・・・

しかもこの場合、自分が利することだけを考えているという・・・なんか恥ずかしい自分でした。自分可愛さ、というやつですね。

もちろん、本当に利他の気持ちで動ける時もありました。道端で目の見えない方がバス停を探して困っている時に、自転車から降りて手をとって「お困りですか?」と駆け寄ったこともありますし、他にもいろいろあります(たぶん)。

でも、少なくとも自分が理想の生活をしていないことは間違いないと気付いたので、この価値観のマズイ部分を変えたわけです。言葉にすると

「自分のゴール実現を再優先にする。そして人に迷惑をかけない」

こんな感じですね。

コレにより、ゴール実現のために気が散ってしまうこと・・・人のためだからと気が散ってしまう言い訳として受け止めやすいことをやめるようにしたわけです。

2014年は1月か4月からか覚えていないのですが、誕生日おめでとうの投稿を始め、ニュースフィードへの投稿をすべてやめました。Facebookを使うときは、個別メッセージのやり取りと、グループへの投稿に限定しました。そして6月からは人からのアドバイスを受け、フォロー自体を全部解除しました(自分のニュースフィードに友達の投稿が表示されなくなります)。

すると、エライ集中できることに気付いたんですね。まさに自分にとって一番大事なこと、ゴール実現を一番大事に考え、行動できるようになったわけです。

2014年は誰からも「誕生日おめでとう」の投稿がなく、コレはコレで寂しかったりして思わず笑ってしまいましたが(メッセージとメールでおめでとうは貰いました^ ^)。僕がこうしていることを知っている方もいたので、気を遣ってくれたのかと。

しかし、今僕は自分のゴール(時間と場所を自分で決めて生活もビジネスも行うことができるなど)に複数到達しているし、これからも到達できると考えています。

どっちがいいかと言ったら、今のほうがいい。なぜなら、今のほうが人に対して優しく接することができるようになりました。寄付を毎月続け、タイでは道端で物乞いをしている人に対し、お金を渡しています。自分のゴール実現を再優先していますが、以前よりも利他の心が身についたんです。

ですからもしあなたが、自分自身の目標を達成できていないとか、理想の生活を送れていないとかで悩んでいるなら、昔からの価値観に固執していることを疑ってみるといいかもしれません。

大事なのは、あなたが持つべき理想の価値観です。理想の価値観は、セルフイメージを高く持つことで変えることができます。というか、理想の価値観とセルフイメージを高く持つって、たぶん同じかと。

ついでの話ですが、セルフイメージ先生に僕が感謝する理由はここにあります。彼はまさに、僕が親からの影響で身に付けた価値観こそ、僕が成長にブレーキをかけている理由だと見抜いてくれたので。

あなたがどんな人生を送りたいのか?

これをあなたは、誰に対しても遠慮する必要はないですし、それを実現する事こそ、あなたが世の中で貢献できる最たるものだと思います。

ぜひ自分の願望、理想の価値観に対して素直になることを試してみてください。

セルフイメージを高く持つのは、あなたは自分に素直に正直になればいいだけですから、難しいものではないです。

というよりも、やってみると、とても簡単ですよ^ ^

P.S.
友人とか付き合う人を変えるというのも、同じ理由です。

P.P.S.
人からの評価とか人からどう見られているかって、自分の幸せには何の関係もなかったりすることにも気付きました。たぶん、自分が何者でどんな価値を提供できるのかが明確なら、結果的にそれを評価してくれる人がいるものなんだな、と思います。

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